今日のブログは、

カラダを元気に」の分野から

歳をとることは、

全然悪くないばかりか、

気の持ち方を変えるだけで、

むしろ幸せな気分にまでなれる

という内容です。

皆さん、こんにちは。

自ら行う「セルフ・リラクゼーション」で

カラダとココロを整える、

健康寿命ナビゲーターの

とまりしゅんいちろうです。

こちらのブログでは、

あなたの食と美容と健康に

役立つ手軽にできて

効果のある情報をお伝えしています。

自分を客観的に見る目を養う

私にも実感があるが、

年齢を重ねるにつれ、

生きることがどんどん

ラクになっていく。

 

若いころに感じていた焦りや

不安は、だんだん薄らいでいく

実感があるのだ。

 

若いころは、他者の動性などが

気にならなかったと言えば

ウソになる。

 

だが、年齢とともに、

他者と較べる視線も

どんどんなくなっていき、

こちらのほうもずっとラクに

なってきている。

 

なぜ、年齢とともに生きづらさが

影をひそめ、気持ちが軽くなって

いくのだろうか。

 

私は、年齢を

重ねるにつれて、

自分を客観視できるように

なるからではないかと

考えている。

 

もちろん、誰の人生にも

不条理だとしか思えない

つらい体験が刻まれている

だろう。

 

だが、不条理というのは、

たとえば天災に見舞われる

というようなことであり、

人間関係など社会生活で

起こるトラブルは間違いなく

五分と五分。

 

一方的にどちらが悪いと

いうようなことはないはずだ。

 

室町時代に能を大成した

世阿弥は、「離見の見」

という言葉を残している。

 

「離見の見」とは、

自分の姿を前後左右から

よく見ること。

 

自分を第三者の目で

客観的に見ることを言う。

 

世阿弥はこの「離見の見」を、

芸を高めるために身に

着けるべきことの一つと

語っているが、自分を

客観的に見るとより

深いものが見えてくるのは、

芸に限ったことではない。

 

普通の人が普通の日々を

生きていくときも、自分を

客観視する視線は、ぜひ

身につけておきたいものだ。

 

自分を客観視するには、

自分をちょっと離れ、

相手の立場に立ってみる。

 

そして、そこから自分を

見るようにすればいい。

 

夫婦げんかをしたとしよう。

 

一方的に言い募っていると、

言葉が言葉をあおり、

どんどん深みにはまって

いき、取り返しがつかない

ことになってしまう。

 

こうしたときは、

気持ちを切り替え、

相手の立場に立ってみて、

心の中で自分の言い分を

聞いてみるといいようだ。

 

けんかのときばかりでない。

 

ある人と親しくなりたいと

思っているのだが、

なかなかそうなれないと

いうときも、

「離見の見」は答えを

示してくれるだろう。

 

ときどき、意識的に

「離見の見」を繰り返して

いると、だんだん自分を

客観視することが身についてくる。

 

客観的に見れば、

現在の環境も自分には

過ぎたものだと映り、

自然に「ありがたい」という

気持ちが湧いてくる。

 

これは、私だけではない

と思う。

 

たいていの人が、

自分と現状を重ねて

みれば、感謝の思いが

湧いてくるはずだ。

 

100歳のときにしたいことを決める

1996(平成八)年に、

九十八歳で亡くなった

作家の宇野千代さんは、

桜を愛した人としても

知られている。

 

著書の装丁にも桜が

あしらわれているものが多い。

 

ついには、趣味が高じて、

桜をモチーフに着物や

小物をデザインした

「宇野千代ブランド」を

立ち上げてしまったくらい

である。

 

宇野さんが九十歳を超えて

何年かたったころのエッセイに、

薄墨の桜を見に行ったときの

様子を書いたものがある。

 

岐阜県根尾にあるこの桜は、

日本三桜の一つに数えられる、

樹齢1500余年という銘木だ。

 

淡く白っぽい花弁が特徴で、

桜の華やかさというより、

幽玄の世界に咲く花と

いった荘厳な美しさを

たたえているという。

 

宇野さんはこの桜を

イメージした『薄墨の桜』

という作品も書かれたほどで、

日本全国の桜の中でも、

特にこの桜を愛していた

ようだ。

 

だが、九十歳をいくつか

超えての旅だ。

 

普通なら、

「今生の見納めかもしれない」

と思ったとしても無理はない。

 

だが、宇野さんはこのとき、

桜に向かって「私は一〇〇歳に

なっても元気で、また、この桜を

見に来ますよ」と大きな声で

言ったそうだ。

 

何とたくましい精神力だろう。

 

「一〇〇歳の再訪宣言」

は実現することはなかったが、

「一〇〇歳になったら、

また来ますよ」と叫んだ

気持ちは、まわりの人にも

元気と力を与えたはずだ。

 

宇野さんは、自分は

百二十五歳まで生きると

信じていたそうだ。

 

その途中の一〇〇歳になる

日をとても楽しみにしていて、

一〇〇歳の誕生日に着る

大振袖も、自分のデザインで

すでに誂えていたという。

 

このように、一〇〇歳に

なったときはこうしようと、

自分の一〇〇歳計画を

立ててみるのも楽しそうだ。

 

私なら、あと四十年以上

あるから、宇宙への旅が

できるかもしれない。

 

また、宇野さんは一〇〇歳に

なる日を楽しみにする一方で、

九〇代後半になっても

一日一万歩歩くことを

日課にするなど、

健康管理も徹底していたと聞く。

 

先に楽しみをもっていれば、

自然にその目標に向かって

しっかりと進んでいくようになる

という証である。

 

保坂 隆「老いを愉しむ習慣術」

参照

 

 

 

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