今日のブログは、

「カラダを元気に」の分野から

 

歳をとることは、

全然悪くないばかりか、

気の持ち方を変えるだけで、

むしろ幸せな気分にまでなれる

という内容です。

 

 

皆さん、こんにちは。

自ら行う「セルフ・リラクゼーション」で

カラダとココロを整える、

健康寿命ナビゲーターの

とまりしゅんいちろうです。

 

こちらのブログでは、

あなたの食と美容と健康に

役立つ手軽にできて

効果のある情報をお伝えしています。

 

 

 

 

 

「いい年をして」と言われたら、こう考える

「昔とった杵柄って言うけど、

時間がとれるように

なったら、無性に山に

登りたくなってね。

 

登山靴を買い込んだところで

息子に見つかってしまった。

 

とたんに、「いい年をして

山登りなんて!」と

叱られちゃってね」

 

 

久しぶりに会った友人が

こんなことを言い出した。

 

大学時代は登山部でちょっと

鳴らした男だったのだ。

 

社会人になってからは仕事が

忙しく、山とは無縁の日々を

送ってきたはずである。

 

 

友人の話を聞いて、

私は二つの点に注目し、

うまく対応することが大事だと

考えた。

 

 

一つは、高齢者の年齢意識は

大いに若返っているのに、

周囲は相変わらず、

昔ながらの年齢意識を

持っているという点だ。

 

特に親子はそういうものかも

しれない。親から見れば、

子どもはいくつになっても

子どもであり、心配が尽きない。

 

反対に子どもにしてみれば、

親ははるかに年長の存在で、

特に大人になった自分から

見ると、親は年をとったなあと

思えるのかもしれない。

 

さらに、そんな親を大切に

思うからこそ、「いい年を

して」と頭ごなしに言っては

身もフタもない。

 

親のほうも、うまくかわして

しまう知恵をもらいたいものだ。

 

「いい年をして」と言われたら、

「この年になったから、

好きなだけ山に登れるように

なった。本当にいい年だと思うよ」

などと言って、お腹の中で

ぺロリと舌でも出していれば

いいのである。

 

もっとも、これは私の知恵では

なく、臨床心理学者の

故・河合隼雄先生(京都大学名誉教授)

が『「老いる」とはどういうことか』

の中で述べている「いい年」と

言われた場合の切り返し方の

知恵を拝借したものである。

 

もう一つ考えたのは、

「いい年をして」という忠告にも

一理あるのではないか、

という点だ

 

たしかに、何もかも若いときと

同じとは言えない。

 

これも真理である。

 

気持ちは若くても、

体はそれなりに年齢を重ねている

と思ったほうが間違いない。

 

先に述べた友人に、

「それで、山登りはやめちゃった

のかい?」と尋ねたところ、

「いや、やめはしないさ。

ただ、息子に忠告は忠告として

受け入れて、いまは1000メートル

級の山で足慣らしをしているんだ」

という答えが返ってきた。

 

この返事を聞いて、

彼も同じようなことを考えて

いたのだと、ちょっとうれしく

なった。

 

相手の言葉に振り回されず、

かと言って無視もせず、

自分にとってプラスの言葉に

転換して解釈できるのは、

長く生きてきた者ならではで

ある。

 

こうした知恵を身につけたのも、

年齢を重ねて本当に

いい年になった」賜物では

ないだろうか。

 

いい年を大いに楽しもうではないか。

 

 

衰える人、元気な人の分かれ目はここにある

「若いころから丈夫だけが

取り柄」を口癖にしている

女性が、ある日突然、

手を後ろに回せなくなって

しまったと嘆いていた。

 

「私、更年期障害の症状も

ほとんどなく、肩が痛い、

腰が痛いとまわりで

騒いでいても、実感がない

ものだから、『あらあ、大変ね』

なんて、軽く聞き流して

いたんですよ。

 

それが、

今朝、起きたら突然、背中に

手を回せなくなっていて。

 

こうして普通にしていれば、

何でもないんですけど、

ちょっと姿勢を変えると、

涙が出るほど痛いんです。

 

なるほど、五十肩とは

こういうものかと、

これまでの自分の態度を

反省しています」と言いながら、

その口調はどこまでも明るい。

 

たしかに肩は痛いらしく、

仕事をしながら、ときどき、

「あ、イタタタ」などと口に

出してしまうらしい。

 

だが、

けっして暗くもなければ、

沈んでいる様子もない。

 

「白状しちゃうと、私、体は

若いと自信があったんですよ。

 

でも、やっぱり年には

勝てません。まあ、いい経験です。

 

これからは、まわりの人の

痛みにもっとやさしくできます

から」

 

こう言って、にっこりと実に

いい笑顔を浮かべる。

 

さぞ肩は痛いのだろうと思うの

だが、その笑顔にはまわりに

気持ちの負担を与えない

配慮が感じられる。

 

それどころか、「先生、年を

とっていくことって新しい自分との

出会いなんですね。

 

肩が痛い自分なんて初対面

ですもの。

 

ちょっと新鮮です」

などと言うのだ。

 

ある高名な評論家は晩年、

奥さんに向かって、「自分が

年をとるなんて、まったく

考えていなかったから、

年をとって初めて出会う

自分が面白くてたまらない。

 

毎日、これが老人というもの

なのか、なるほど、これが老い

なのかと、知らなかった自分と

つき合うのに興味津々だ」

と言い放ったそうだ。

 

老いとともに襲ってきた痛みや

不自由さを「いい経験だ」とか

新しい自分との出会いだ」と

受け止める。

 

このような柔軟な

精神の持ち主は、たとえ体が

多少衰えたりしても、

気持ちまで衰えてしまうことは

ないだろう。

 

反対に、五十肩になどなろう

ものなら、「まったくイヤに

なっちゃうわ。

 

年はとりたくない

ものね」と顔をしかめる。

 

あるいは、人に五十肩だと

知られたくないと歯を

くいしばって傷みをこらえ、

そのストレスでさらに表情を

こわばらせる。

 

こういう人は、気がついた

ときには、表情や姿勢や動作に

隠しようもなく老いがにじみ出て

しまっているものだ。

 

老いは、隠したり否定しようと

すればするほど、目立って

しまうもの。

 

むしろ、老いも

人生の一部なのだ。

 

自然な成り行きなのだと、

あっけらかんと受け入れて

しまうほうがいい。

 

そのほうが、老いが悪目立ちする

ことはなく、老いと自分の成熟が

うまく溶け合い、円熟味という

新たな境涯に導かれることが多い。

 

 

 

 「トシ」を理由にしたら罰金

知り合いに、

実に愉快な女性がいる。

自分にNGワードを設けて

いるのだ。

 

それには罰則もあって、

「一回NGワードを口にすると

500円」ということで、

そのために用意して

ある箱に入れる。

 

この箱は一年に一回、

彼女の誕生日に開かれる。

たまっているお金で職場の

皆に盛大におごるのだ。

 

「誕生日はまわりが祝う

ものだから」と周囲が言うと、

「いいのよ、自分が決めたこと

も守れなかった自分への戒め

なんだから。

 

でも、来年は

罰金ゼロを目指しますからね。

 

そのときはみんなが

ごちそうしてね」と笑っている。

 

NGワードを口にするたびに

罰金を課すのは、あるテレビ番組

をヒントに思いついたのだそうだ。

 

その番組では、一定金額の中で

ゲストタレントが好きに買い物を

するのだが、NGワードを

口にするたびに金額が

減額されていくという

ルールがある。

 

タレントはNGワードを

しらないため、何回それを

口にしたかもわからない。

 

買い物が終わってから

それが知らされ、せっかく

買ったものの大半を

持ち帰れなかったりすることも

ある。

 

そんな展開を愉しむと

いう番組だ。

 

知人の場合は、

NGワードは自分で決める。

 

いま現在のNGワードは「トシ」。

 

ある年齢になると、

何かがうまくいかなかったり、

疲れたなあと思うときに、

よく「トシ」を理由に持ち出す

ことがある。

 

「もうトシだから」「トシのせいね」

「トシはとりたくないものだわ」

などなど。

 

彼女は、

それを自戒しなくてはと、

「トシ」をNGワードに決めた

らしい。

 

一回500円とはけっこう

キツイ金額だと思うのだが、

彼女に言わせれば、

「このくらいキツイ罰にしないと

なかなか反省しない」。

 

逆に言えば、「トシ」は

そのくらい無防備に口に

出しやすい言葉だという

ことだ。

 

たとえば、階段があると

「急がないでゆっくり

下りることにしているのよ。

もうトシだから、骨折したら最後、

なかなかつかないらしいの」

などと言う。

 

さっぱりした口当たりの

食べ物に出会うと、

「このトシになると、

こういうものがいちばん

おいしいわ」と言ったりする。

 

どちらの場合も、いちいちトシを

引っ張り出さなくても、

「階段はゆっくり下りることに

しているのよ。

骨折がこわいから」でいいし、

「さっぱりしていて、

本当においしいわね」と

言えばいい。

 

そして、そのほうが

聞いている人の耳にも

心地良いはずだ。

 

五〇歳を過ぎたころから、

気のおけない友人と

集まったり、

同窓会などの場では

「トシを口にしたら罰金!」

というルールをつくって、

おたがいに戒めあうのも

よいと思う。

 

罰金で集まったお金は、

二次会の費用の足しに

するなどと決めておこう。

罰金ゼロの人を表彰するのも

楽しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

保坂 隆「老いを愉しむ習慣術」

参照

 

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